sandrutanの日記

本で気になったことのメモです。気取ってます。主観がバリバリ介入します。

GRIT-やりきる力-

1、仕事の目標を25個、紙に書き出す。

2、自分にとって何が重要かをよく考え、もっとも重要な5つの目標にマルをつける(5個を超えてはならない)

3、マルをつけなかった20個の目標を目に焼き付ける。そしてそれらの目標には、今後は絶対に関わらないようにする。なぜなら気が散るからだ。よけいなことに時間とエネルギーを取られてしまい、もっとも重要な目標に集中できなくなってしまう。

 

こちらは、とある本の一説です。

確か、バフェット曰くと書いてあったような気がします。

 

これは確かにその通りだと感じています。

やりたいことがありすぎても、人間には能力的限界と時間的限界があります。その中で達成できる目標はせいぜい5個であると。

 

そこで、私は2017年度の目標はある時期を境に5つの目標を二等分しました。といっても、大きくは変わっていないのですが、、

 

ともかく、自分の立てた5個を大切に、それ以外は一切をシャットダウンをして生きていきます。

 

がんばります。

 

ちゃんちゃん 

 

 

『とりあえずいいと思ったことをやってみる。本当に興味のあることが見つかるまでは、ある程度、試行錯誤するのはやむを得ないことだ。

 

 

やりことないの?

 

とか聞かれ時に、私はとても困ります。

 

何?長期的に?短期的に?

です。

 

長期的って、本当にどれくらい長期的?

10年?20年?死ぬまで?

 

そこらへん分類して欲しいですね。

 

とは思いつつも、なんにせよ

 

これやりたい!っていうことが見つからない私です。

 

そんな私に、ちょっとした光を見せてくれたのが今回のお言葉。

 

興味があることをとりあえず手をつけています。

 

でも、とりあえず興味のあることを25個書き出して、その中からやることを5個に絞りました。

 

そうするとびっくりするのは、

他人の時間を過ごしているものが何故が残るのです。

 

もしかして、やりたいこと、興味のあることだと思いこんでいたものが、

 

それをやらなきゃ人に迷惑がかかったりすることだなんて。

 

そして、私はそれらの項目に興味があるのではなく、

 

他人に期待された以上を返して褒められたりドヤンしたいだけだったのかなと、

 

では、ドヤンしたり褒められたりすると何が起きるのか

 

承認欲求が満たされる訳です。

 

それがどうしよもなく心地よい。

 

悪いものではないとは思う、承認欲求

 

ある種、人を動かしたりする利の一つに、その人間の承認欲求を満たしてやるということも大切なな気がします。

 

では、人は何故承認欲求を持つのか。

 

それは、主観ですが

人間は元来、

孤独が怖いんですね。

 

だって、人間は一人では生きていけなくなったから。

 

協力しあって、コミュニティで生きているのです。

 

だから、そのコミュニティから外されるのは死を意味する。

 

死ぬのは、その先に何が本当にわからないから怖いんですね。

 

だから、その恐怖から逃げてる。

 

承認欲求が満たされると、

 

あ、このコミュニティにいていいんだ!ワイ!

感が強くなる。

 

すなわち、生き残る!

 

はい、脱線

でもこういうのは好きです。

 

でもこれは、他人の時間を過ごしている。

 

 

しかし、偉業を成し遂げた人たちに、「成功するために必要なものはなんですか?」とたずねると、「夢中でやること」や「熱中すること」と答える人はほとんどいない。

 

多くの人が口にするのは「熱心さ」ではなく、「ひとつのことにじっくりと長いあいだ取り組む姿勢」なのだ。 

 

この文章を「夢中でやること」「熱中すること」を否定しているわけではないということを前提に、解釈します。

 

「夢中でやれることを見つけなさい」

「熱中しなさい」

 

というアドバイスってあると思います。

 

でも、このアドバイスには欠けている部分がある。

 

それは、

「一つのことに長い間じっくりととりくむには、夢中になったほうがいいですよ」

 

ということなんですね。

 

でも、これからの時代、一つのことにじっくりと時間をかけるのはどうなのでしょうか。

 

これ!!

と、決めれるものがあるというには幸せなことです。

 

でも、これをやる!ということを決めつけなくてもいいと思います。

 

これをやる!と夢中になってみて途中で方向転換してもいいと思っています。

 

とりあえず、これと決めたモノに打ち込む

 

そうすると、次の目標が見えてくる。

 

そうすると、人生をかけて打ち込むべきミッションが見えてくるのではないでしょうか。

 

一つのことに決められない!!

 

という人は、

 

とりあえず目の前のことに夢中になってみる!

 

ということが活路なのかなと思います。

 

 

難しいですけど

 

まず、「どうしたら世のなかはもっとよくなると思いますか?」と質問した。

 

次に、「いま学校で習っていることで、そのために役立ちそうなことはありますか?」と質問した。

 

生徒たちはそれぞれ自分なりの回答を紙に書いた。

 

言いたいこと:世のなかをよくしなくてはならないのか。

 

この文章を成り立たせる議論の前提として、世のなかをよくしなくてはならないのかということがある。

 

世の中をよくするの対義語は、世の中を悪くするということ。

いや、もうちょっとマイルドに包もう。

 

世のなかに、なんの価値も与えない。

である。

 

ここで、世のなかの自分なりの定義。

 

世のなか=地球

ではない。

 

辞書では、

世のなか=人々が互いに関わり合って暮らす場

であるとしている。

 

と、いうことは、世のなかにか価値をあたえるということは、

人々が互いに関わり合って暮らす場所に価値を与える。

言い換えれば、

 

人様になにがしかの価値を与えるということではないだろうか。

 

ここで気になったので、「価値」の意味を。

辞書では、価値には何種類かあると記されている。

経済的価値、快適価値、歴史的価値、宗教的価値、、、などなどである。

そして、人それぞれにとって価値は違う。

 

ある人にとって快適価値が100だとしても、ある人にとっては快適価値が4くらいの場合もある。

 

そう、価値とは人によって違うものである。

ただ、より多くの人に共有され、同じレベルでの価値指数が、経済的価値である。

 

「価値がある」というのはもっと丁寧に噛み砕けば、

「誰かにとっての価値がある。」ということになるのではないか。

 

価値を与えるというワードは、(特定の人間に)価値を与えるという()の中が省略されている。

さて、価値の考察はこの辺で。

 

要するに、みんながポロポロ口にする、

 

「世の中に価値を与えたい」

を噛み砕くと、

「ある特定の人たちにとってプラスのことをしてあげたい。そんな人たちの喜んだ顔をみると自分の承認欲求というか何かが満たされる気がするから」である。

 

おっと、脱線しすぎてわけがわからんくなった。

 

とにもかくにも、

いま、

 

自分のやっていることは、いつか誰かのための、

何に役に立っているんだろう。

 

この問いをすることで、自分の視座があがりますね。

 

 

 

メガ成功者について

『何度も聞いたのは『この仕事が大好きなんだ』という言葉です。普通の人も言いますが、もっとあっさりしています。でもメガ成功者たちはちがうんです。

 

『僕は本当にラッキーだよ。朝、目が覚めて、今日も仕事ができると嬉しいんだ。いつもスタジオに入るのが待ちきれない。次のプロジェクトに着手するのが待ち遠しい』。

 

彼らは、やらざるを得ないからとか、金銭面で魅力的だからとか、そんな理由で仕事をしているわけじゃないんです。』

 

 

普通の人はさらっと言う、

仕事大好きを、

 

 

メガ成功者さんたちは心の底から大好きになるわけですね。

 

 

なるほど。

 

これは、パクる。

 

そして「自分が本当に好きなことを見つけたい」などと理想を追い求めたりすれば、貧困と失望が待ち受けいているだけだと釘を刺された。

 

第一に、人は自分の興味に合った仕事をしているほうが、仕事に対する満足度ははるかに高いことが、研究によって明らかになった。これは約100件もの研究データをまとめ、ありとあらゆる職種の従業員を網羅したメタ分析による結論だ。

 

 

「好きなことを仕事に!」

 

というキャッチコピーは良く聞きますす、facebookの怪しげな勧誘のうたい文句も「好きなことして生きていこう!」です。

 

さて、どうですかね。好きを仕事に。

 

これに関しては議論の余地があります。

 

 

その仕事に何が好きなのかによると思われます。

 

その仕事に単純な興味として好きなか。

 

例えば、寿司が食べるのが好きだから寿司職人になるというのは安易な話です。

 

それは食べるプロになれば良いのです。

 

ただ、寿司を食べるのが好きでかつ、 ご飯の具合や握り方、また寿司を食べた人が喜ぶのが好き。

 

という、寿司というものの社会の喜ばせ方というのが好きであれば寿司職人はいいかもしれませんね。

 

要するに、

その仕事の面ズラの好き嫌いで決めるのではなく、その仕事の世の中への役の立ち方の好き嫌いで決めるべきではないかと思われます。

 

興味から始めた仕事が、そのまま情熱が続けば問題ないです。

ただ、理想と現実のギャップが、、、とかいうのであればそれは思考が足りない職選びだったということになりますね。

 

 

 

 

しかし、今回の調査で分かった最も重要なことは、時間の長さよりも『どんな連鎖をしているか』が決め手になるということだった。

 

ほかのどんな練習よりも『意図的な練習』が、大会を勝ち進むための要因になっていることがわかったのだ、

 

普段、バスケの練習をしている時でも、

 

意図的な練習をできているかを常にこだわり続けるのはなかなかすごいです。

 

パス練習ひとつとっても、

『それは試合を想定できているか?』

『試合のどんな場面で役に立つのか?』ということを意識できてきる人と、

 

『この練習では、こんな風にしたらパスが通るんだよなあ後略しちゃったあ』という

その練習でしか通用しない意識で練習しているかで大きく変わるのは、

 

言わずもがなです。

 

日々問いかけましょう。

・この練習の意図は何か。

 

・試合のイメージを持ちながら練習できているか?

 

・試合を想定できているか?

 

これらを意識せずに練習をしているのであれば、

どんなに長い時間練習をしたところで無意味と化します。

 

さぁ、本気で一回一回の練習を大事にしていきましょう。