sandrutanの日記

吐き気止めの副作用が、吐き気だった。

中二病はクリエイティブの源泉(今日見た悪夢)

前提

中学校1年生くらいから中二病を患っており、完治しそうでしていない。職場にテロリストが入ってきたら俺がグーパンで倒してやるんだと寝る前に妄想する程度には軽傷なってきた

 

中二病から治ってしまったら人はクリエイティビティを失う」という誰かの名言を頼りに生きている次第である。

 

スマホのカメラロール

さて、そんな中二心を思い出そうと、引き出しの奥から中学校3年生から大学1年生まで使っていたAndroidをひっぱりだしてみた。おそらくカメラロールの中に中二病でクリエイティブな軌跡があるのではないかということで、一晩パソコンにつないで充電することにした。

 

翌朝起きると懐かしのスマホはたどたどしく起動していた。やあ久しぶり。僕だよといわんばかりに画面の明るさの自己主張が激しい。

 

早速カメラロールを起動すると、大量の懐かしい画像とせっせこ保存しまくっていたエロ画像と死んでも親には見せたくない恥ずかしいプリクラを確認することができた。

 

ふとパソコンを開いてみると、Androidの写真のインポートが完了した旨と、誰か2名に共有しましたよという旨のポップアップが出ていた。さすがに3000枚の画像を一夜にして受け取った2名には気の毒なことをしたが、恥ずかしいプリクラもあるので早めに申し出て欲しい。

 

美術の絵

そんなカメラロールの中にに、高校1年生の頃に書いたであろう悪趣味な絵が出てきた。なんでこんなのを書いたのだろう。

 

作品名:今日見た悪夢

 

f:id:sandrutan:20190207070818j:plain

 

  

こちらの絵はえんぴつ縛りであった。テーマは何でもOKということだったので、おそらくこれを書きはじめた日に見た悪夢を書いたことはなんとなく覚えている。

 

いかにも中二病を重度に発症しており、絵の中のミッキーマウスの被り物っぽい物体は口から大量の目玉を出している。このスキッ歯がどうしてもトラウマなのだ。それにしてもエナメル質を良く書けている。

 

f:id:sandrutan:20190207070950p:plain

 

 

目の部分を見るとどうやら泣いているようで、この絵の中で唯一人間味を残している部分である。悪夢を見て恐怖に慄いている自分の感情を表現している部分である(のかもしれない)。変わり果てた自分の姿に涙しており、感情をこの目の充血度合いのみで表現している(のかもしれない)。なんて寂しそうな目なのだろう。

 

f:id:sandrutan:20190207071022p:plain

 

 

よく見ると皿の縁には手があったり、

 

f:id:sandrutan:20190207071040p:plain

 

 

折り鶴がてってこと歩いていたり、

f:id:sandrutan:20190207071056p:plain

 

 

折りひよこが鎮座してらっしゃったりする。

f:id:sandrutan:20190207071118p:plain

 

途中段階の絵がついでに出てきた。それにしても悪趣味である。

f:id:sandrutan:20190207071624j:plain

 

以上、これこそがクリエイティブの源泉であり、忘れてはならない感性というものなのではないかと自己陶酔をしてなんとか心の平穏を保っている。

 

 

 

 

 

とある動画の00:11~00:12に注目してみる

まずは見てください

00:11~00:12に着目して見てくださいませ。(音ありで)

 

 

どうでしょう。ラクロスをしたくなったでしょう。

 

前置き

何かと動画を作ることが多かった。多分累計で150本は作っていると思う。

 

動画を作っていて嬉しい瞬間はと聞かれると「見てくれた人の心を動かせた時ですかね」などと答えているがこれだけではない。

 

何よりも嬉しく楽しくエクスタシーな瞬間は編集中に訪れる。それは「音と映像が合う瞬間」を偶発的にも計画的にも生み出した瞬間である。

 

これはもう、すごい

 

どうしよもなくその瞬間が好きなのである。

 

もう脳みそからアドレナリンがゔぁーっと出てビーーん!!とはまさにこのこと。

 

しかも不思議なことに音と映像がマッチしすぎた動画ほど評判が良く、コンマ1秒でもズレた動画は評価をされない。

 

見ている本人はその差を言語化できないのに。

 

ひとまず編集自体は大変なのに代わりはないのに。

 

そんなことも知らずに動画を見て「わーすごい」と言ってくれるオーディエンスを横目に「ふっふー、ここの細かいところはこんな工夫をしたんやで」と解説するのはあまりにも空気が読めないので押し殺していた次第である。

 

ただ、いつまでも気付かれないのも寂しい。

 

ということで、

今回はたった1つの動画のとある1秒に絞って解説いたしましょう。

 

解説

そもそもこの動画は、

新入生がこれを見て「僕もラクロスしたい!」と思ってもらうように仕向けた動画である。これの影響でたくさんの部員(60人くらい)が入ってくれた(はず)。

 

この動画を見た世代が学生日本一になったということで、おそらくこの動画のおかげであることに因果関係はない。

 

動画的特徴は音楽と映像が合っていることにある。

 

さて冒頭の00:11~00:12は確認していただけましたでしょうか。

 

まず、よくお聞きしていただきたい。

 

00:11~00:12のギター音は、つまるところ「じゃっじゃ!」である。

 

「じゃっじゃ!」ということは、ダウンストロークを2回繰り返しており、決してダウンストロークからのアップストリークではないので力強い音が出ている。

 

つまり「じゃっ (手を上に戻して)じゃっ(余韻)」である。

 

よって、「じゃっじゃ!」は2テンポではなく、実は空白と余韻の時間を入れた4テンポである。

 

「じゃっ ・(空白)・じゃ!・(余韻)」

 

ここまでよろしいだろうか。

 

次に、この4テンポを活用した映像をよくご覧いただきたい。

 

「.....」

f:id:sandrutan:20190201211123p:plain

 

「じゃっ」

f:id:sandrutan:20190201211155p:plain

 

「(空白)」

f:id:sandrutan:20190201211244p:plain

 

「(空白)」

f:id:sandrutan:20190201211303p:plain

 

「じゃ!」

f:id:sandrutan:20190201211402p:plain

ここで注目していただきたい。「スポーツ」の部分だけ実は「じゃ!」に合わせて白から赤に変わっている。

 

お分かりいただけるだろうか。この部分こそ誰も気が付かないけど、もし赤にしていなかったら「なんかもの足りないね」と言われる部分である。これを赤にしたときとしなかった際に、

 

A(完成品)/ B(ずっと白)テストを行ったときは、「なんか違いがよくわからないけど、Aのほうがいいねという声が圧倒的多数であったことはとても興味深い。

 

「(余韻)」

f:id:sandrutan:20190201211525p:plain

 

ちなみに「スポーツ」が赤のまま次のコマに行っているが、目の錯覚のおかげで「スポーツ」が「白→赤→白」に変化しているように見える。この偶然な瞬間がたまらなかった。

 

そう、結論これは偶然が生み出したマジックそのものである。

 

結論

結局は偶然できあがったこのシーン。

このシーンから音と映像を合わせることにエクスタシーと感じ始めたということが実は重要な「イイタイコト」である。

このシーンができてからというもの音と映像の合う瞬間の虜となった。

この動画の細部にはいろんな仕掛けがされている。

 

もし興味があったらご覧くださいませです。

 

 

ちなみにこちらは会社の研修の一環でwebページを作る時にgoogle風な動くロゴを作ってみたら面白いかなあということで作った一品。特に拘ったことはない。ループモードで見ると落ち着きますので工数が掛かっていない割に、好き。(音なし)

 

 

美術の時間

前置き

自分の部屋を大改造していると、必ずといって懐かしいものが出てきて作業がストップしてしまう。

 

中でも本棚の裏にでも隠した親にでも見られなくないものなどは、今でも見られたくないものがあったりする。

 

ただそれはお宝探し的な要素もあるので楽しいものである。

 

そんなお宝たちの中に一際異質なものが出てきた。

 

中学校の美術の時間で作った作品たちである。

 

今日はせっかく出てきたのでザッとまとめて吾輩のクリエイティビティの源泉、いや原体験を世の中の共有しようではないかという試みの一貫である。

 

ちなみに見た人になにか付加価値を〜とか厚かましいものではなく、単純な備忘録っす。

 

中学1年生

 題名:地獄への扉「The Hevens Door」

死神の門

 

まず地獄への扉「The Hevens Door」という題名を誰も指摘してくれなかったのかと当時の先生や同級生の人間性を疑った作品。

 

アルミの板を釘で叩きながら作品を作ってみようというコーナーで、最終的なこのようなアウトプットになりましたと。

 

確か当時は鋼の錬金術師とかデスノートなんかが流行っており、うまくそれを表現した一品。この簡単に書けそうな死神のモチーフはトイレの花子さん「さっちゃんのうわさ」に登場するこの死神である。小学校6年生の頃のノートにはこの死神が溢れていた。ちなみにこの話はかなりトラウマもので、今でも布団から足を出して寝れない。

 

改めて見るとそうでもなかった。

 

 

赤と黒コントラストも取れており、この頃から細かいところには一切目もくれず、とにかく高速でアウトプットを出して先生からFBをもらうという開発をしていた。

評価は10段階中の6。まあまあである。

 

中学2年生

 題名:共食いする蜂のパズル 

共食いする蜂


中学2年生にもなると達者になるもので、こんなものを作るようになった。

木の板にえんぴつで下書きをこしらえて色を塗り、糸ノコというノコギリで切り取る。

 

そうするとパズルができてしまうというものだ。これで休み時間は怖くない。

 

ちなみに蜂のメスは繁殖期になると用済みになったオスを食べるらしい。あれ、カマキリだっけな?

 

評価は10段階中の7。

 

10でなかった理由を尋ねると、パズルのハマりが悪かったからと言われた記憶がある。

 

中学3年生

 題名:未知との遭遇

絵本なのでまずは何も考えずにザッとご覧くださいませ。

 

こちらは表紙。そろそろ評価9が欲しかったということで題名を決定。「評価無いん」
という自信のなさを自虐したところにダジャレポイントを隠した。評価10は工数的に切り取るところが多いのでやめた。

 

(ある日日本の上空にUFOが現れた)

ちなみにこれは全て切り抜き絵である。全員色画用紙で切り抜き絵をしている中アルミホイルを使うとはなかなかクリエイティブである。

 

(「あ、UFOだ」 「へ?」)

 

 

(「UFOだ!」 )

 

 

(「UFOだ!!」 )

ここは割と凝っている。不完全さの中に秩序と完全さを織り交ぜた未来感溢れるUFOの裏側を表現。完全なキュビズムをこの時期から会得。テックだ。

 

(「キャトルミューティレーションされるううう」)

キャトルとcatを混ぜて猫もUFOの中に吸収しておいた。

 

(メインシーン。未知との遭遇)

 

 

(何かを埋め込まれる)

注目していただきたいのは宇宙人の左手をナイフ風にするために赤枠の残してその中に後ろに貼ったアルミを反映させているところ。細かいクリエイティブである。

 

 

(なにがしかの処置)

この頃から大活躍のデユクシ

 

(「何か」になっている)

UFOから帰ってきた者たちは、外見は何も変わっていないが内側は変わってしまったことを案に示すラストシーン。

 

影の矛盾をなくすために夕日を描いた。秀逸である。

 

人間は偶発的なキッカケで変わっていき、それは外側からは確認するすべはないというこの世の真理を上手く突いた匠の作品である。

 

評価は10段階中の9。狙い通りだ。

 

ちなみにこの作品は最後の夕日のシーンの夕日が最初にできあがった。

 

夕日と言えば影。そこから逆算して作られたのが本作品。テックだあ。

 

 

以上が私のクリエイティブな歴史の一編である。残りの作品も見つけ次第捨てる前にポストしていきたい。



 

 

 

新入社員が一日も欠かさず家計簿をつけたまとめ(2018年ver)

前置き

自分がいつどこで、どれくらいお金を世の中にばら撒いているのか。

 

これって意外と知らなかったりしますよね。え?知ってるって?まあ良いんです。

 

少なくとも僕は知りませんでした。まあでも他人の家計簿って見たことないのではないでしょうか。

 

しかし大人になるってどういうことなのかを考えた時に、自分がいつどこで、どれくらいお金を世の中にばら撒いているのかを把握することは、少しだけ重要だと思ったんですよね。

 

なんとなく交通ってどれくらい使ってるのかなとか、気になるじゃないですか。一番使ってるの食費なんじゃないか?とか。


なんて考えていたのが2018年の1月。

 

そこから毎日欠かさず家計簿をつけました。結構な執着心で記録しており、その証拠に としては酒に飲まれて翌日記憶がなくても、家計簿には「タクシー 10890円」としっかり記してあったりしたこともあったぐらい。偉いぞ!もう一人の僕。

 

そんなわけで記録した方法や結果の報告などを備忘録的にまとめました。

 

-------------------------------------------チョキチョキ------------------------------------------ 

記録方法

========

既存家計簿サービスの検討

========

とにかく毎日欠かさずにを最優先事項としました。ですので重要になってくるのは2点。

 

①簡単に記録できる

②データが消えない

 

マネーフォワードだったり云々だったりする既存アプリだといちいち起動したり、レシートスキャンだったり、起動したらアップデートが始まったりということで①簡単に記録できるは満たすことができませんでした。

 

加えてサービスが何らかの理由で終了したらという事情も考慮しました。運営会社の資金繰りが厳しい、または仮想通貨に手を出してクラッカーに狙われて見事に撃沈などしてしまった場合に心血そそいで記録した家計簿が消えるのは怖いということもあり、

 

(個人的な経験も踏まえて)既存サービスでは②データが消えないも満たすことができないということになりました。

 

本当のことを言うと銀行の連携がうまく出来ずインストール後4分でチャーンしました。

 

 

========

実際どうやって記録したの

========

さて、じゃあどうやって記録していたのよということです。単純です。


iphoneのメモ帳スプレッドシートです。

 

日々、消費をした瞬間にiphoneのメモを起動して記録します。消費とは買い物や電車に乗った時などです。

 

こんな感じ。

f:id:sandrutan:20190106122211p:plain

簡単に金額と内容だけ。 

 

そんでもってある程度溜まったらスプレッドシートに記入します。

 

こんな感じ。

[詳細]シート

f:id:sandrutan:20190106122306p:plain

 

いちいち日付と内容と金額、費目を手入力で入れていきます。最初はめんどくさいと思っていましたがこれが意外と面白い。

 

振り返りになるわけです。「あ、こんときこんなに使ったのね。。」「会社がある日だと1000円ぐらいなのね一日」と思いを馳せます。

 

日付がわからなくなる時もあるのですが、人間とは不思議なものでグーグルカレンダーと照らし合わせながらチェックすれば問題はありませんでした。

 

意外と好きになるこの作業。敢えて自動反映などはしませんでした。できなかった。

 

入力を進めていくと隣のシートに以下のように反映されます。

[サマリー]シート

f:id:sandrutan:20190106122659p:plain

ちなみに関数はsumifsちゃん一本背負いです。

 

例えば1月の食費のところであれば、

=SUMIFS('明細'!$D$3:$D$99848,'明細'!$A$3:$A$99848,$C$1,'明細'!$E$3:$E$99848,'サマリー'!$B$3:$B$20)

 

こんな感じです。これ一つ書いたらあとは横にビーってやって縦にバーっとすればOKです。

 

 

 ========

集計の基準

========

家計簿をつける時に難しいのは、項目の設定です。それぞれ以下のような項目にし、定義をしました。

  • 食費(自分のための食事 ex:一人で食べる、流れで誰かと食べる)
  • 交通費(電車、バス、タクシー、自分一人のための移動)
  • 雑費(ペン、コンビニ、服、分類できないもの全部)
  • 交際費(飲み会、約束して食べる食事、遊園地代、旅費など)
  • 車関連(保険代、駐車場、ガソリン、税金など)
  • 自己投資(アマゾンの本、参加費かかる系の勉強会など)
  • 保険(定期的に天引きされるアイツ。)

※家賃は抜いてます

※リアルな数字ではなく少しボカしてあります

 

例えば交際費、細分化すると大変です(会社の飲み会、プライベートな飲み会、ランチetc...)。しかも食費と被る部分があります。

 

そこで、一旦は

食費は自分のための食事(誰かと食べていても)

交際費は誰か他のために時間を使った時(約束して食べたり)

とざっくり自分の中で分類。

 

とはいえですよ、全部の項目で被ったりする事案はあったので正直曖昧だったのでスプレッドシートに入れる時に一回一回考えていました。(最初からミーシーを目指すのは非常に難しいですメエ)

 

ちなみに、TeamGeek(アフィリエイトじゃないよ)にも書いてありました。

完璧主義は敵である。全然物事が進まない。

 

まあそんなこんなで記録をしておりました。

 

 

-------------------------------------------チョキチョキ------------------------------------------ 

 結果

======== 

全体

========

気がつけば2018年も終了。一年間貯めた成果を発表いたします。新入社員のお財布事情を赤裸々大公開です。

 

2018年1月から12月の使用金額合計の推移

f:id:sandrutan:20190106124507p:plain

ふむふむ。4月9月12月に爆発していますね。

ちなみに4月の影に隠れて5月もそこそこに高いです。

 

4月に関しては、いろんな人の誕生日を祝ったり社会人になりたてて色々お金がかかっていたので納得です。

5月に関しては、初任給 + GWが重なって出費ました。

そこから一気に金欠になって、6月7月8月は支出を抑えるようになりました。確かお昼ご飯を食べないなんてこともしていましたね。なぜかその習慣は今も続いています。なんだか頭が働くんですよね。空腹って。

9月は北海道に学会発表にいきました。地震が起きて帰れなくなったりして出費が続きました。詳しくは以下。

 

さて、地味に見にくいですが大爆発しているのは12月さんですね。

忘年会やクリスマス、ボーナスが出たり、財布を無くしたりといろんなイベントが起きた影響と見られます。しんど。

 

 

 ========

項目別の出費

========

f:id:sandrutan:20190106125727p:plain

続いて項目別の出費です。

なーんと、交際費が43.35%

そして意外なことに食費が11.17%でした。意外や意外。

 

にしても自己投資が低いのなんの。直感と反する部分も見れて楽しいですね。

 

車関連は11.17%、一回一回払う額が多いのでもっと支出をしていると思ったら交通費14.10%より低いとのこと。

 

ちょっとお金かかるから手放そうかなと思っていましたが、他を削れば手放さずに済みそうですね。

 

ちなみに月ごとの割合はこちら

f:id:sandrutan:20190106125917p:plain

先ほどの4月、5月、9月、12月に関して見ると

4月は交際費が爆発。

5月は車関連が伸び気味(自動車税

9月は雑費交通費(北海道への飛行機とか)でそこそこ。

12月は雑費交際費が爆発。(会社の忘年会用に任天堂スイッチを雑費として購入)

 

ふむふむ。全て根拠ありです。謎の出費はありません。

 

 

 ========

合計値との相関関係

 ========

気になることとしては、全体の支出に影響しているのって交際費なんじゃないの?という仮説が生まれきます。

 

全体のグラフを見てみましょう

f:id:sandrutan:20190106130712p:plain

ふむふむ。合計交際費が良い感じに同じ動きをしていますね。これは相関係数もたかそう。

 

相関係数とは何か。その求め方・公式・使い方と3つの注意点 | アタリマエ!

関係数は一般的に、1 に近ければ近いほど「強い正の相関がある」、1 に近ければ近いほど「強い負の相関がある」、0 に近ければ近いほど「ほとんど相関がない」と評価されます。

 

相関:データ群から正または負の関係性を判断 - Trunk tools

概ね、0~0.3未満:ほぼ無関係、0.3~0.5未満:非常に弱い相関、0.5~0.7未満:相関がある、0.7~0.9未満:強い相関、0.9以上:非常に強い相関と言われています。

 

 

ではそれぞれの項目合計値相関係数を見てみましょう。

※正規化は行なっていません。

f:id:sandrutan:20190106130451p:plain

あれれ、直感に反しました。なんと雑費との相関係数が一番高いではありませんか。

理由は単純に12月にイレギュラーな雑費の使い方をしたからですね。

 

ちょっと12月は範囲外にしましょう。

f:id:sandrutan:20190106131038p:plain

1月から11月に絞って出して見たところ、ブラボー。直感に合うデータが出てきました。

 

やはり、僕の財布を一番悩ます原因は交際費でした。飲み会が多ければ財布は寂しくなります。当たり前でしたが、いぜ数値で見ると納得感があります。

 

合計値と並べても一緒の動きですね。まあそりゃそうか。

f:id:sandrutan:20190106131532p:plain

 

 

次に相関があるのは雑費とのこと。こちらはまあまあ納得です。

並べてみました。

f:id:sandrutan:20190106131620p:plain

 

一緒の動きといえば一緒ですね。

 

 

食費交通費は全体の支出にまあちょっとくらい相関はある。

という結果に終わりました。あとちょっとくらいご飯にお金をかけても良いのかもしれません。


※少々乱暴な解釈ですが。

 

以上のことから考えると、

交際費が増えると、必然的に食費も交通費もかかる。というなんとも単純な結果が見えるのかなと思った次第です。

 

ただ、交際費食費相関係数-0.47

交際費交通費の相関係数0.45

 

ということで交際費が増えると、やや必然的に食費も交通費もかかる。という曖昧な結果が見えてきました。

 

 

-------------------------------------------チョキチョキ------------------------------------------ 

まとめ

1年間続けた上でわかったことをまとめます。

  • 圧倒的に自分は交際費が高い
  • 食費よりも交通費の方が高い(意外)
  • 車を手放さずに済みそう(一回あたりの支払いが多くて錯覚していた)
  • 2019年も続けた方が良さそう

 

一方で今後の改善策としては、交際費を細分化する必要があると感じました。なんでもかんでもポイポイ交際費に突っ込んでしまったので。。

 

会社の飲み会だったのか、映画を誰かと一緒に見たのかなど、さらに分解してみるともっと面白そうな自分の出費サイクル、クセが見えてきそうです。

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

障害者用トイレから健常者が出る作法

障害者用トイレは、私に様々な益をもたらしてくれた。なんといってもその広さであることは言うまでもないが、広いトイレ内でベッドのような台を広げて寝転んだり、気になる女の子と二人で遊ぶ前に着替えたり、普段整えない髪をツンツンさせたりしたものである。

 

ちなみに最近のお部屋の大きいトイレはすごいのである。

f:id:sandrutan:20180910225842p:plain

 

世の中では障害者用トイレのことを多目的用トイレとオブラートにつつんでいるが、その言葉通り確かに多目的である。血気盛んな色気付いた男女がイカガワシイ事をしているのを目撃したことがあるが、あれは見ただけで劣等感しか湧かなかった。

 

余談であるが、私はとても汗を掻く。よって気になる女の子と遊ぶ直前まではパジャマのような格好で十分な汗をかき、トイレで着替えるというのが算段であったがそんなことはまあどうでも良い。

 

 

そんな便利な多目的トイレだが、使用する上で課題がある。前段が長くなったが、私の抱える多目的トイレに関する課題について書きたい次第である。

 

いかにして障害者用トイレから出るか

 

障害者用トイレに様々な事情を持って入ったにしろ、気まずいのは障害者用トイレを出る瞬間である。

 

ゆうゆうと若者が多目的トイレから出るのはいささか抵抗がある。なぜなら本当に必要としている人が外で待っているかもしれないからだ。

 

「まあそんなに急いだ人は来ないだろう」と甘く見て入った多目的用トイレを出る瞬間こそ気をつけなければならない。以前私は「なぜお前のような健康そうな人間がこのトイレを使うのだ」と扉を開けた瞬間に老人に糾弾されたことがあるが、その時は

 

「いや、、どうしてもお腹が・・」などと言って逃げたものである。

 

それから如何にして心地よく多目的トイレから出るかを3C分析やMECEだとかコンサル屋が使う手法を贅沢に使用して考察した結果、ある一つの答えが出た。

 

そのトイレを必要としている側になれば良いのである。

 

私はそれから、多目的用トイレを出る時は足を骨折してる人風な様子を演じて出るようにしている。

 

不思議と誰も文句は言わないもので、むしろ「ああ、あの人は使うよね」といった空気感を醸し出して自分の中のよく分からない罪悪感を退治している。

 

 

 

 

 

 

 

北海道で地震を経験したが、わりと恵まれていた人間の話

教訓

災害への準備

  1. 発電機を各家庭で持つこと
  2. 食料は3日分のバッファを持っておくこと
  3. 大災害が起き、連絡が取れなくなった時の家族との約束事を決めること

 

災害発生からの行動(家にいる場合)

  1. 近くのコンビニやスーパーに食料を音速で調達しにいくこと
  2. 断水になる前にバスタブに水を貯めること
  3. 移動する準備をすること

 

災害発生からの行動(外出している場合)

  1. 揺れている瞬間に近くのホテルを三日分確保すること
  2. コンビニへ行き、食料と衣類と充電器を確保すること
  3. 近くにいる友人を捕まえて一緒に行動すること

 

学び

①人間は電気がないと無力

もないと無力

③慌てるのは無事に避難してからで十分

 

 

はじめに

 

学会での発表も終わり、次の日には東京に帰ることを考えるともう少し札幌で遊んでおきたかったと思った。

 

しかし懇親会もあり、お酒も入っていて眠かったので札幌プリンスホテルでぐっすり眠ることにした。

 

地震発生

午前3時。突然の緊急地震速報と共に経験したことがない揺れをホテルのベッドの上で感じた。時間にして15秒程度だったが、自分でもびっくりするくらい情けない声で

 

「うああああ」

 

と叫んでいた。

 

しばらくして揺れは収まったが、情けないながら何もできずにベッドでじっとしていた。

 

状況を確認しようとテレビをつけると、呑気なショッピング番組が放映されていた。地震が起きると必ず地震速報が番組の上部分に文字で配置されるが、今回もいつも通り配置されていた。どうやら震度は6だったらしい。

 

「まあ大きな地震だったな」

 

その程度で捉え、

 

また日が登ればいつもと同じ日常がくる

 

と思っていた。

 

しかしその瞬間、テレビが消えた。停電だ。

 

ホテルでは非常電源が働き、小さな電気が一つだけ付いた。時は3時40分。

 

しばらくして寝ようとすると、不気味な警告音が再びなった。

 

それはホテルのアナウンスだった。

 

「停電が起きました。エレベーターが使えないので階段をお使いください。」

 

アナウンスくらい優しい警告音にして欲しい。

 

そういえば隣の部屋の住人は地震が起きると同時にコンビニへ行き、停電が起きる前に食料を調達していたことは音で感じ取っていたが、とても賢い行為だ。

 

その後も不気味な警告音が鳴り響くたびにホテルからのアナウンスが流れた。その度にびっくりすると同時になんとも言えない不安が襲って来た。

 

さすがに一人で体験するには怖かった。

 

学会に一緒に来ていた教授と助教の方に連絡を取り安否を確認。助教の方は徹夜で次の日の発表準備と論文執筆をしており、この揺れが収まった後でも、

 

「作業に戻ります」

 

というメッセージを残してやりとりは終わった。

 

行動

 

4時頃になり、こりゃ寝てもいられないと気づき、行動を起こすことにした。チェックアウトは午前11時だ。

 

この時点で手に入っている情報としては、

①大きな揺れが起きた

②ホテルは問題がない

③全道で停電が起きた(ソースはツイッター。いつ復活するがわからないが、すぐに復活すると勝手に予測)

の3点である。

 

この時は帰りの飛行機が欠航になることや、電車も動かなくなる、などということはまったく知る由もない。

 

PCの充電は100%、iphoneの充電も100%。

 

まったくPCを使わなければ5回分のiphoneの充電は賄えることを確認。

 

ひとまず最悪の事態も考慮して行動することにした。

 

まず私がやったことは、腕立て100回である。

 

この先運動ができない状況も考慮した。運動ができなければきっと自分にとって最大のフラストレーションになることはわかっていた。

 

よって、いつもより追い込みぎみの腕立てを行った。

 

その後はシャワーを浴びた。奇跡的にお湯が出た。この先シャワーを浴びることができない日が何日が来そうだと予測し、シャワーを味わった。

 

停電に伴って水が出ないことも考慮して、バスタブに水を貯めた。

 

また、トイレも水が流れるうちに出せるもんは出しておこうと思ったがなかなか出てこなかった。

 

次に荷造りを行った。服は残り一日分しか残っていない。咄嗟に目の前にあるホテル備え付けのパジャマをカバンに入れた。

 

学会は襟付きで長ズボンという暗黙の常識が存在しているが、翌日にもし学会があるということを踏まえても半袖半ズボンで行動した方が良いと踏んだ。

 

「TPOを弁えた服装をすること」と指定されていたが、まあ怒られれば謝ればよい。

 

すべての準備を終えた時には5時になっていた。空も明るくなり、外を見ているなんと信号がついていない。

 

驚きだった。

 

助教の方に連絡をとると、荷造りは完了したが論文の執筆を続けているとのこと。

 

ひとまず様子を見ることにした。

 

北海道に転勤になっている友人に連絡を取り、安否の確認をお互いにした。揺れは小さい地域だったが停電だという。乳製品を扱う会社の彼は、停電が引き起こす乳製品工場での被害の大きさを嘆いていた。

 

ツイッターで情報をザッピングしていると、どうやら被害は大きいということに気づく。

 

学会のアカウントも中止をお知らせしていた。

 

f:id:sandrutan:20180909094335p:plain

 

これはまずいということで再び助教の方に連絡。すでに中止の連絡はキャッチしており、ひとまず朝の8時30分に大通駅付近のパルコの前で集合し、教授のいるホテルにいったん行くことになった。

 

飛行機が動くのか、電車が動くのかなどの情報を必死に探したが、出てこなかった。次の日の仕事はどうすれば良いのか。

 

 

ここで、次の行動への目処がたった私は一寝入りした。

 

起きると時刻は7時。ホテルに備え付けられているスマートフォンのようなもので情報を収集した。てんぱって英語モードで起動してしまい、googleでsearchingした。自前のデバイスのバッテリーは滅多に使いたくない。

 

東京にいる家族に無事を伝え、これからはインスタのストーリーで現状を知らせると伝えた。

 

普段現金を財布に入れない自分だったが偶然にも財布に7000円入っていた。電気がなければクレジットカードも使えないのである。

 

 

ホテルを出て、教授の元へ

忘れ物がないことを確認し、持っていたペットボトル2本に水詰め込んだ。最後にもう一度シャワーを浴びた。貯めた水はとてももったいない気がした。

 

停電の影響でエレベーターは使えない。12階から荷物を持ちながら階段で降っていった。

 

フロントにつくと早速人混みがひどかった。この中で働いているホテルの方には敬意を表したい。その人たちも地震の被害を受けた側である。

 

人混みの大半は中国や韓国から来た観光客のようだ。

 

私は偶然にも売店が空いているのを見つけた。もちろん電気はついていないが、ホテルの予備電源でレジだけは動いていた。お土産用のお菓子を食料として購入した。甘いものしか買わなかったが、この時しょっぱいものも買えば良かったとのちのち後悔する。

 

ホテルのチェックアウトはPCを使えないためか、慌ただしかった。その人が何泊したか、どんなオプションをつけたのかなどは客の自己申告に委ねられていた。

 

私はカードでの支払いですべて完了していたため、カードキーの返却だけで良かった。

 

ホテルが提携しているトヨタレンタカーのカウンターがあったので、レンタカーで東京まで行く乗り捨てが可能かの相談をしてみると、今日は事情も事情なので当日の貸し出しはできないとのこと。なるほどな。

 

外に出て待ち合わせ場所の大通駅付近のパルコに歩いて向かった。

 

衝撃だったのは信号が付いていないということだった。ただ、信号がないからこそ歩行者と車両がお互いにゆずりあい、いつもより交通はスムーズだった。

 

現地の人に道を聞きながら待ち合わせ場所に向かった。

 

現状もわからず通勤していた会社員もいた。

 

なんとか助教の方と合流することに成功した。この時点で飛行機は欠航、次の日の出社に間に合わないことが確定していた。

 

会社に自分の現状を説明し、罪悪感に苛まれながら欠勤することとなった。

「無事に帰って来てくれ」と言ってもらえるが、それでも申し訳なかった。

 

そんなこんなで電気が存在しないススキノの街を歩き、教授のいるホテルに向かった。

 

コンビニの電気はついていない。もちろんマックも空いていない。

 

こんなにも電気がないと人間は無力になるのかと悲しくなった。

 

教授のいるホテルに到着し、10階へ向かった。

当然ながらエレベーターは使えない。非常階段で荷物を持ちながら登った。そのホテルは非常電源などなく、真っ暗であったが従業員の方が一階一階に立ち懐中電灯で足元を照らしてくれた。

 

そして、教授の部屋へとたどり着いた。

 

フェリーで帰京

 

教授と助教の方と集合し、今後の帰京方法について話した。

飛行機が動かないということは、残された道は

①フェリーで本州(秋田か仙台か新潟)に上陸し、新幹線で帰る

②レンタカーで東京に帰る

 

の2点である。

 

助教の方とレンタカーを借りるために街に出た。

どこも電気は通っておらず、機能していない。

 

ここで自覚した。

 

「我々は被災者だ。」

 

この事実は未だに受け入れられることができていないが、今回の地震は紛れもなく災害であり、無力な一人の被災者だった。

 

街には海外から来た旅行者が、状況もわからずパニックになっていたのを覚えている。

 

レンタカーショップ2件にいったが、どちらも状況が状況とのことで貸し出しは断られてしまった。

 

残された手段はフェリーである。

 

教授にこの事実を報告するためにホテルに戻った。

 

その途中で偶然にも空いていたコンビニに入るが、おにぎりなどの食べ物はまったくなかった。

 

f:id:sandrutan:20180909101951j:plain

唯一売っていたスナック菓子とパックのりんごジュースを購入した。

 

レジは店員さんが電池で動くタイプであろうバーコードリーダーで商品を読み取り、お金の計算は手元の計算機で行なっていた。

 

この時不思議に思ったのは、

 

この状況でお金の価値はあるのか?

 

ということである。お金は別に食べられない。ただ、世の中が広く信じているお金の価値自体はこの状況では皆無と言っていいのに、全員がお金の価値という幻想の信仰をやめることはなかった。

 

さらに街中を見て驚くのは、

 

この状況でも人間はまだモラルが残っている

 

ということだった。

 

コンビニに「本日閉店中」と書いてあれば、ガラスを割って入ることもない。立ち入り禁止のテープが貼られて入れば、そこには入らない。

 

しかし、もしこの状況が1週間も続けばモラルは崩壊するのではないか。などと考えていた。

 

ホテルに戻り、フェリーを予約しようとするもいずれも満席。どうにか取れたのは次の日の19:30出港の新潟行きのフェリーであった。

 

えいや!ということでこれを予約。

 

次の日に港に行くためにタクシーも予約できた。念を入れて昼の12時に出発することになった。ちなみに私が一連の予約をしたように書いたがすべて助教の方にやっていただいた。私はザコである。

 

次の日の12時までホテルで待機することになった。

 

依然として停電はしている。

 

幸せにもホテルの一室で過ごすことになった我々は本を読むなり、方々に連絡するなり、論文を執筆するなり想い想いの時間を過ごした。

 

トイレは流れず、食事は手持ちのお菓子を細々と食べる。

 

外は明るいが、もし夜になっても停電が続いているとどうなるかと考えると恐怖であった。

 

次第に電波も遅くなる。

 

 

電気がないと人間は何もできないのだな。クラウドもクソもない。

 

 

あらためて自覚する次第であった。

 

情報をツイッターであつめつつ、現状を把握していた。ツイッターを見ていて興味深かったのは、実際に地震の被害にあってない人々が「同情」し、その同情を「批判」しあっていた。

 

結局はこの事件に乗じて自己を満足するために利用しているのではないか。

 

ありがかたったのは、正確な情報だった。

 

なるべくカロリーを消費しないように生活していると、夕暮れ時に奇跡が起きた。

 

 

電気がついたのだ。

 

 

おそらくホテルの自家発電が機能したのだろうか、電気が復旧したのだろうか。

 

そこからはもう日常の生活だった。

 

ただ、ホテルの下には依然として部屋がなく避難している人が、ホテルの電力でデバイスを充電をしていた。ホテルもそれを容認していた。懐の深いホテルである。

 

信号ももちろん機能はしておらず、警察が手信号をしていた。免許を取って以来初めて見た。

 

 

夜になって散歩がてら電気が一切ついていないススキノを歩いた。奇跡的に空いている飲食店がないかと探したが、食料は一切なかった。写真はすすきのの赤髭のおじさんの交差点である。

 

f:id:sandrutan:20180909104547j:plain

 

このエリアの信号のみ発電機で動いていた。

 

BBQをしている人もいれば、過呼吸で救急車で運ばれる人、様々な人がいた。

 

そんな状況の人々を尻目に私は電気の通っている部屋でインターネットをしながら過ごしていた。罪悪感の塊であるが、助けたくても正直自分のことで精一杯だ。

 

 

夜が更けた。

 

タクシーでフェリー乗り場へ

ホテルの前で待っているとホテルの運転手が来た。

 

気立ての良い運転手で、乗り心地の良いクラウンだった。

 

 

タクシーの運転手曰く、

 

信号がないことでお互いが譲りあっているからいつもより事故も起きない。気のせいかいつもより流れはスムーズ だ。

 

とのことだ。

確かにその通りで、日本には無駄な信号が多い気もする。

 

タクシーの運転手と共に昼ごはんを一緒に食べることになった。

 

漁港向けの食堂だった。

 

そこではホッキガイカレーを食べた。

 

 

f:id:sandrutan:20180909104505j:plain

 

2日ぶりに食べるまともな食事に涙が出そうだった。

 

うめえ。

 

西にある港についた。タクシー運転手にバイバイをして、乗る予定の船の受付をしようとしたが、ここでアクシデント。

 

乗るはずの船がこない。

 

どうやら私たちが乗る船はタクシーで7000円くらい使う距離の東港だという。

 

北海道のほとんどの人は港といえば西しか知らないらしいということで、私は北海道に少し詳しくなった。

 

なんとか東港に移動した。

 

 

その後、フェリーに乗った。

 

自動販売機にはビールが売っていた。飲み物も食べ物も困ることはなかった。そして個室にベッド。テレビまである。電波が時折切れること以外快適だった。個人的な旅行でもフェリー旅は悪くないと思った。

 

f:id:sandrutan:20180909104347j:plain

 

 

 

その後、新潟から新幹線で東京に帰った。

 

なんとか無事に帰ることができたし、テレビで騒がれるほど停電の影響は受けなかった。きっとかなり恵まれた状態で東京に帰ることができたと思う。

 

様々な待ち時間で今まで読もうと思っていた本を読んだり、溜まっていたタスクを消化できた。

 

忘れぬうちに、ここに記す。

 

 

 

 

飯田くん

中学校の4入学式を迎える前に、小学校6年生の端くれの小生意気な子供達が240人ほど集めれた。

 

これは、そんな中学校の入学式前の説明会にて出会った飯田くんの話だ。

 

彼とは偶然にも、説明会の時に前の席に座っていた。開口一番、「おれ、スマブラ全クリしたんだよね」と、当時出たばかりのゲームの全クリの自慢話を聞いたのは良い思い出である。

 

ちょっとコアな人間の特徴的な早口で、僕の知りもしないゲームの裏コマンドを言われるわけである。ただ、流行っていたゲームでもあるため、周りの初対面通しのニューヤングstudentsの諸君は飯田くんのゲーム談話を踏み台に次第に仲良くなっていくのであった。

 

今思えば彼の功績は、中高6年間でそれだけだったのかもしれない。

 

偶然にも中学入学後に飯田くんと同じクラスになった。飯田くんはいわゆる普通の子ではなかった。遊戯王のチャンピョンだったり、デュエルマスターズの関東代表だったり、家でゴキブリを飼いならしていた。そんな彼に僕は次第に観察欲が生まれていくのであった。

 

人間の多様性を知ったのだ。

 

授業中には寝て、成績もなかなかに悪く、先生に当てられれば何かと言い訳をして鮮やかに交わす様子は圧巻の一言である。

 

さて、そんな飯田くんには印象的なエピソードが山ほどあるが、彼の欠席理由はぐんを抜いて宝石の様に光輝いていた。そしてこの話の最高のトッピングは、飯田くんが自分の携帯電話から父親のふりをして欠席連絡を学校にすることにある。

 

毎朝の朝礼の時に石田くんがいなければ、クラスの半分は先生が飯田くんの欠席理由をいまかいまかと発表するのを待ち望んでいたわけである。

 

何かと休みがちな彼も、山形と大分の両親の一族が定期的にお亡くなりになるというご不幸も底をつき、とうとう観念してまともに学校に登校を始めた。ただ休むことには休むので、欠席理由は非常に面白いものばかりだ。

 

そして、彼の欠席理由には明らかながんばって嘘のパターンと、本当に事情があって休むパターンの2通りがあることが判明した。しかし、彼の抱える事情がとても中学生離れをしていた。

 

飯田くんの欠席理由(本当の事情編)僕的ベスト2を発表したいと思う。

 

 

 

①「家でゴキブリの入ったタッパーをひっくり返したので休みます。」

 

彼の家ではゴキブリを飼っている。なんでも、最初は昆虫ショップで購入したゴキブリ達が大繁殖をしてしまい、1メートル四方のケースにゴキブリを飼っていたらしい。そして、家に現れるゴキブリでさえも彼の手にかかれば優しく包まれて外来種だらけのゴキブリけーの中に打ち込まれるのだ。

 

そんなケースがひっくり返ったのというのだ。阿鼻叫喚である。

 

そのあまりにも悲惨な状況に、先生とクラスの全員はドン引きしながら彼に同情した次第であった。

 

 

②「デュエルマスターズの関東大会は部活と同じ公欠扱いになりますか?」

学校公認の正式な部活動は、どうしてもの大事な大会が学校の出席日と重なってしまった場合、致し方なく式に席するとこを許される。それが公欠。それは欠席日数にはカウントされず、社会に出てから手に入れる有給休暇に似たものがる。

 

公欠という大義名分を手に入れた人間は尊敬され、賞賛されるのが中学生である。

 

さて、それをどう履き違えたのか、あろうことか飯田くんはデュエルマスターズの関東大会に公欠が出るのではないかと先生に相談をしたのだ。

 

もちろん結果は、先生にいなされて終わるということになったのだが、そんな弊害は飯田くんにとってはゴキブリケースをひっくり返したことに比べれば大したことはない。

 

飯田くんがはある日、デュエルマスターズの関東大会のため欠席という伝説を残すこととなったのだ。

 

これにはびっくりである。みんなびっくりだ。

 

残念ながら彼の構築した火属性デッキは準優勝ということに終わり、しかしどこか"やりきった感"をだしていた。

 

彼は何をしているんだろう。